写真6 の表紙ですが、1月号はたしか篠山紀信さん撮影のヌードが表紙を飾ってたんじゃないかと思われた
方も多いと思います。確かにその通りですが、写真6 の右下をご覧下さい。そう、1954年の1月号なんです。
今から55年前の雑誌です。数年前、京都北野天満宮の縁日で見つけて購入したものです。
1954年と言えば、私にとって重要なものが三つ生まれています。
その1、怪獣ゴジラ
その2、私(これが一番重要) ですから私とゴジラは同い年なんです。
その3、ライカM3
1954年のフォトキナでライカM3が発表され、カメラ業界に衝撃が走ることになるのですが、この年のアサヒ
カメラの1月号には、それを予感させる様な記事等は全くありません。二眼レフとバルナックタイプが我が世の春
を謳歌しています。一眼レフはアサヒフレックスが出現後約一年が経過した頃です。
そういう訳でこの雑誌には歴史的価値が有るな、と思い買いました。広告や記事も興味深いものが多々あります
が少しばかり紹介します。(ミノックスに付いては生産開始から15年以上経過していますが、広告には掲載され
ていませんでした。たぶん広告に載せてもこの時代、ほとんど買う人はいなかったかもしれません。)
写真1、「1月カラーフィルム露出表」
お正月はこの表を参考に傑作写真を撮って下さい。但しフィルム感度はASA(ISO)10で天気は快晴
シャッタースピードは1/25秒です。
写真2、「徳富蘇峰氏」
先日TBS系の番組で西田敏行さんが徳富蘇峰さんに扮しておられたんですが、この写真を見ると雰囲気
はそっくりですね。
写真3、「深刻な話」
月例懸賞入選作品一等の作品です。私はこういう作品は大好きですが、現代ではこんな作品は発表する
のをためらいますね。
写真4、「歳末の娘」
月例懸賞入選作品二等の作品です。選評に「今日の世相をなかなかよく現している」とあります。
私の母より少し若いようですが綺麗な人ですね。
写真5、「ハワイでの撮影記事」
現在の感覚でみると不適切な言葉が使われています。でも当時は差別的な気持ちは全然なかったと
思います。だんだん日本語が難しくなっていきますね。